2014年のまとめと、2015年の計画

Posted on Wednesday, December 31st, 2014 11:35:43

2014年

捨てたもの

  • 仕事
  • 楽器
  • プログラミング

得たもの

総評

3月いっぱいで仕事を辞めました。何も考えず、努力せずに行くことが可能な範囲のステージに足を進めていた私には、人生の大きな転機になりました。多分、いろんな人や書籍、Web メディアとの出会いで、”考える力”が身に付いたのだと思います。将来の不安はあれど、正解の一歩だったと思っています。

仕事を辞めると無駄な時間が一気に余暇になるため、始めのうちはプログラミングを結構学び直しました。前職でそこそこのポジションにいたつもりが、実際は酷いコードを数々量産してきてしまったなーと反省しています。しかし、kofproject.comの開設に合わせて、プログラミングは一旦止めることにしました。汚い話ですが、プログラミングの話で集客する技術がなかったためです。啓発書やビジネス書より、技術書ばかりを読んできたのですが、私が今のレベルで人の役に立てるのは、啓発書やビジネス書で得た知識だけでした。前に、はてなブログで技術系のブログを書いていたのですが、たまに啓発系の記事を書くと何故かアクセスが集まるので、両方やっていて楽しいのなら、やっぱり需要のあることをしようと。分母も多いですし。

それから、楽器をやめました。電子ドラムは捨て、ギターとベースを”いつでも触れる場所”から”見えるけど手の届かないところ”に移動したら全く触らなくなりました。バンドやる人がいなくなって、モチベーションはないけど惰性で触っていた感じだったので、思っていたより絶対自分にとって必要なものではなかったのだと感じました。テレビ捨てたら意外と大丈夫だったってのと似ています。そんな経験ありませんが。

今年は時給換算で給与を得ることの簡単さと、恐ろしさを同時に知ることができました。その中で私が将来を初めて真剣に考えて思ったことは、自分が時間を売らなくてもお金を手に入れるためのシステムを持とう、ということです。「働きたくないでござる」というわけじゃなくて、働くために必要な資産だと考えています。その資産があったら、危なげなベンチャー企業に応募したり、ゲーム開発やってみたり、音楽で飯が食えるか試してみたり、いろんな分野へノーリスクで挑戦できるわけです。様々な学問に手を出し、様々な技術を習得できるわけです。そんな考え方になったので、仕事を辞めることを選択しました。次のステージは、その資産をどうにかして作り上げることです。

そんな中で、今年は kofproject.com を立ち上げたものの、あまりスピードが出せませんでした。単純にダラダラしすぎていました。それでも、サラリーマン時代は取れなかった由佳との時間も多く取れたし、幸せな日々を過ごせたので良かったと思っています。しかし、このままでは生活できなくなるので、ちょうど年も変わるし、そろそろ気持ち切り替えていこうと思います。

2015年

2015年の目標は”とにかく書く”です。kofproject.comryoshacks.jp 、Twitter 、Facebook 、どんなメディアでもいいから、とにかく自分のテキストをネットの海に流しまくることを心掛けます。広告で稼ぐのだから、媒体(ページ)が多ければ多いほど可能性は増えるだろうし、実際何がバズるかなんて予測できませんからね。私が日々考えていること、発見したこと、もしかしたら誰かの役に立つかもしれない。検索ワードに引っかかってくるかもしれない。そう考えれば、とにかくテキストを流しておけば損はしないわけです。間違った情報流したり、反社会的なことを言ってしまったりすると、マイナスになってしまうかもしれませんが、その辺は気を付けるということで。とにかく書く。考えたら書く。10アクセスしか集まらなくても良いので書く。Web メディアの良いところは、数撃った1ページが流行れば、他の外していた全てのページが再度脚光を浴びる可能性を秘めているということです。だから、とにかく流す。

それから学問の幅を広げようと思っています。心理学とか、脳科学とかも勿論そうですが、宗教学も学ぼうと思っています。kofproject.com も宗教みたいなものですからね。諸事情で仏教を学ぶ必要があって、学習最中なのですが、どんな思想を軸にして生きるかを学ぶのは大変ためになります。元々自分が持っている思想と重なるようなストーリーを発見できたりもするのです。例えば、kofproject.com では、「自分ができることに集中しよう」と何度も書いています。”It’s no use crying over spilt milk.”の考え方ですね。この考え方は、釈迦の説法の「毒矢のたとえ」に近いものがあります。ちなみに、こんな話です。

ある人が釈迦に、「この世は永久のものでしょうか、無常のものでしょうか。世界には限りがあるのでしょうか、無限のものでしょうか…」等々、次々に質問を浴びせた。釈迦はその質問に直接は答えず、「毒矢に当たった者が、矢を抜く前に『矢を放った者は誰か、矢の材質は、私を診察する医師の名は、その階級は…』と聞いていたらどうなるだろうか。」と言い、真理を知ることよりも先にやるべきことがあると諭した。

現代の日本仏教は死後の世界や霊が存在するかのような立場を取っていますが、教祖の釈迦はそうではなかったわけです。私は死後の世界も、前世も、来世も気にするべきでないと考えているため、こちらの思想が好みです。単純に、前世に積んだカルマで魂のステージが変わるのならそれは差別だし、死後の世界や輪廻転生といった来世に期待すると今を真剣に生きられなくなりそうじゃないですか。そんな感じです。仏教の面白さは巧みなメタファーにあると思っています。

2015年の話をするつもりが、全然関係ないことを話してしまいましたが、とにかく新しい分野を学ぶと楽しいから、休むことなく学びたいねってことです。まとめると、2015年は学びまくって書きまくる年にしたいです!では、良いお年を!

Share

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • 0 follow us in feedly

Your Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です