「職を失ったら終わり」ではない!という社会を目指そう

Posted on Saturday, January 3rd, 2015 05:47:53

堀江貴文氏が、また Twitter で喧嘩しています。事の発端は、恐らくこのツイートです。

「残業代ゼロ制度」って言葉が誤解を生みやすくしてると思うんですが、この制度で目指したいのは「労働時間でなく、成果によって報酬が決まる社会」でしょう。そんな社会は過労死を招くという声に対して、堀江貴文氏は「過労死するほど働く意味がわからない」といったコメントをしました。このコメントに対して、クビにされるのが怖いとか、責任があるとか、そういった声がいくつか見受けられました。

過労死してしまうことに比べれば、職を失おうが、キャリアが崩れようが、大したことないわけです。生きていれば何とでもなりますから。「何とでもならねーよ」と思う人もいるかもしれませんが、何とでもならなかった経験があれば今生きていないと思うので、多分想像で必要以上に社会を厳しく見ているのだと思います。

「俺が辞めたら会社が回らなくなる」といった責任感や、一抜けした自分への批判が怖いとか、そういった理由も”死”を天秤にかけられては、「大したことない」と言わざるを得ません。結局のところ「辞めればいいじゃん」なのですよ。

そして、このコメント。

まあ、言葉の使い方が道徳的にどうなのって意見もあるとは思いますが、私はこれが正解だと思っています。「サラリーマンの世界は厳しい」とか「職を失ったら生きていけない」とか、皆でそういうことを言って傷を舐め合っていたら、皆がそういう社会だと信じ込んでしまいます。その結果、「辞めにくい社会」ができるわけです。過労死の正体は、そこにあると思います。

「離職率が高い会社はブラックだ」なんて言われますが、離職率の高い社会の方が健全であるような気がします。辞めやすい社会になれば、必然的に再雇用もされやすい社会になりますよね。従業員は皆、ブラックな労働体質に対して対抗できる最強のカードを持っています。それが「辞める」ことです。過労死を避けるためには、このカードを使いやすい社会にしなければなりません。

「徹底的に潰してクソみたいなツイート出来なくしてやる」と過激な発言ではありますが、その「クソみたいなツイート」が辞めにくい社会を助長していると考えれば、堀江貴文氏のようなキャラクターの人が、Twitter のような公の場で暴れて炎上させてくれれば、「職を失ったら終わりだー」という思考停止から脱却できる人が増えるんじゃないかと思います。そんな考えで、私は堀江貴文氏を応援しています。ではでは。

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